ヤテナイ・ストリートを東へ。半年前に潰れたパブの軒先、不法投棄された旧型オイランドロイドの脚がポリバケツからハミ出し、今日も冷たい重金属酸性雨に濡れている。
その先、「禅mark4」「銀杏屋」のネオン看板を目印にピット階段を降りると、四方をコンクリで囲まれたバスケットコートがある。
このバスケット・ピットの広さはタタミ20畳ほど。
3on3がぎりぎり可能な広さだが、むしろそこはバスケットマンよりスケートパンクス達のテリトリーであり、命知らずの若者が占拠するエクストリーム・プレイスだ。
持ち込まれた複数のラジカセから高速BPMのスケートパンクが大音量で流れている。
ズゴゴー……ズゴゴー……スケートボードがコンクリートにタイヤを刻みつけるサウンドが響き渡り、ストロボライトの逆光に、宙返りを決めるパンクスの極彩色のモヒカンが踊る。
「イェー!」「極端!」パンクスは仲間がトリック・ジャンプを決めるたびに歓声を上げ、チームの旗印である「極端」を叫ぶ。
赤いモヒカン男がネズミ花火めいた美しい回転軌跡を閃かせ、スケートボード裏面の見返り美人が微笑むと、見事な三回転エクストリームジャンプの着地音が反響した。
「イエー!」「極端!」仲間パンクスの賞賛に応える男の腰と膝は見事なサイバネ・クローム。背中に「トナカ」のカタカナ刺青。彼の名だ。
「天才的だゼ!」「悔しいけど才能が一番あるナ!」「生き急いでやがる!」「へへッ!ファック・オフ!」トナカはクロームの差し歯を見せて笑った。
コンクリートと、スピードパンクのビートと、生身以上にニューロンに素早く応えるサイバネと、見返り美人のボード……それでトナカの世界は完璧だった。
「メシどうする」パンクスの一人がケモビールを飲みながら訊いた。
「スシは?」「気分じゃねえな!」「じゃあどうする」「そうだなァ」その時だ。路地からスリップ音が急接近。クラッシュ音と断末魔の悲鳴が鳴り響いた。
「アババババーッ!」ピットに滑り込んで来たのはハヤイ・ピザの宅配バイクだ!
「アイエエエ!?」「何だ!?」「宅配?」「ピザ?」狼狽するパンクス達!血まみれの運転者は震え声で呟いた。
「アバッ……ニンジャ……ナンデ」男はうなだれ、事切れた。パンクスは顔を見合わせた。
「ニンジャだと?」「オイ、それより見ろよ!ピザだぜ!」「マジかよ?」「メシは決まったな!」
パンクスは一瞬の良心の呵責も躊躇もなく積み荷のピザに群がる。ナムアミダブツ!これもマッポーの一側面か!
「すげえ!分厚くて……チーズがたまらねえ!」「トッピングは何だ?」「すげえトマトだぜ!真っ赤だ!」「汁が滴ってやがる」
パンクス達は積み荷のホールピザに一斉にかぶりつこうとした。
カリカリに焼けたクラストに歯を立て、溢れるチーズとともに咀嚼し、熱さにむせながら飲み込む快楽を彼らは想像した。
だが、その時!「イヤーッ!」頭上から恐るべきシャウトが降ってきた。
SMAAAASH!コンクリートを破砕して着地したのは、身長2メートルを超える鬼のようなニンジャであった。
「グガガガ……ついに見つけたぞ!情報源!」鉄色の装束を着たニンジャは唸り、破壊衝動の漲る目でパンクスを睨み渡した。そして名乗った。
「ドーモ。デスソーサーです」「アイエエエエエ!?」「アイエエエエエ!?」「アイエエエエ!」「ニ、ニンジャ、ナンデ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!?」
オジギ終了直後、デスソーサーは手近のパンクスに襲いかかり、顔面を鷲掴みにしてコンクリートに叩きつけた!「アバーッ!」即死!ナムアミダブツ!
「アイエエエエ!」足をもつれさせ、ピットを逃げまわるパンクス!「イヤーッ!」「アバーッ!」更に一人!「イヤーッ!」「アバーッ!」サツバツ!
「ヤベェ……ヤベェよ!」皆死んでいく!トナカはニューロンをフル回転させ、生存の方法を探る。血走った目が横倒しの配達バイクを捉えた。
「アレだ!」トナカは駆け寄り、バイクを引き起こす。
「イヤーッ!」「アバーッ!」後ろではデスソーサーが更にパンクスをストンピング殺!なんたる理不尽か!
トナカは命の次に大事なウキヨエ・スケートボードを背負い、配達バイクにまたがった。
エンジンキーは刺さったままだ!「かかれ!かかりやがれ!エンジン畜生!」ドルッ……ドルッ!ドルッ!ドルルルルル!
配達バイクがマフラーから黒煙を吐き出し、アイドリングを始めた。
「ニトロだ!」ゴアオオオン!
「や、やった!畜生ーッ!」トナカはニトロ・アクセルを全開にし、左右に危なっかしく揺れれながら、バスケット・ピットを脱出した!
ゴウウウ!配達バイクをドリフトさせながらメインストリートに飛び出したトナカは少しもスピードを緩めるわけにはいかなかった。
離れなければ。とにかく離れなければ!
だが!「アイエエエ!?」バイクのリアビューミラーに映った姿にトナカは恐怖した。
デスソーサーと名乗った先程のニンジャが、陸上選手めいたスプリントでトナカのバイクを追って来ている!引き離せない!ニンジャとは一体!?
「ナンデ…ニンジャナンデ……一体なんで俺らがこんな目にチックショー!」
「ピボボボ……ルートを外れかけているドスエ。修正しますか?」その時、配達バイクの車載UNIXモニタが点滅し、合成マイコ音声が発せられた。
「アア!ルートだと?知ったこっちゃねえよ!」とにかくバイクで逃げるしか無い。逃げて逃げて……その先どうする。背筋が凍る。虚空へ投げ出される感覚。
「ザッケンナコラー!」合成ヤクザ音声クラクションが前方から突っ込んできた。
「危ねえ!」咄嗟にバイクを蛇行させ、極彩電飾ウキヨエトレーラーと正面衝突する運命を回避する。フラフラと対向車線に出そうになったのだ。
「スッゾオラー!」運転席から身を乗り出したトラック運転手が怒声を投げる。
「ピボボボ。ルート復帰を確認。暗号解凍。この先右折ドスエ」再びマイコ音声が発せられた。
「だからさっきから何が!」トナカはモニタを殴りつけようとした。そこで目を丸くした。
モニタには道路地図と「配達目的地」と付記されたマーカーがある。ピザの配達先だろう。だが彼が驚いたのは別の理由だ。
それはマーカー横に光る「現地特別報酬アリ」の文字だ。「現地特別報酬だと?」車両を追い抜きながらトナカは唾を飲む。
ストリートでまことしやかに囁かれる都市伝説がある。出前スシやピザ等について、物好きなカネモチはしばしば罠を仕掛け、生存した配達者に玄関口で高額なチップを弾むという……。
而して、このUNIX表示。まず間違いなくその類!実在していたとは!
報酬は10万?100万?まさか200万!?この配達バイクのリア・カーゴには箱入りのピザが複数積まれている。
ひとつはパンクス達で開封したが、無事な箱がまだまだ残っている。これを届ければ、今日の不幸はチャラに出来る!
「ニンジャだと……?ナ、ナメんじゃねえよ!」
トナカは腹の底から沸き起こる闘争心を感じ、エンジンキーに引っ掛けられたピザ宅配キャップをかぶった。
思いがけず転がり込んできたメイクマネーのチャンスが、恐怖を一時的に忘れさせた。リアビューミラーには追って来るニンジャの姿は無い。撒いたか!
「この先、右折ドスエ」「やってやンよ!」ギュアアア!トナカはバイクをドリフトさせ、ハイウェイに向かうルートを選びとった!
ゴウ……ゴウ……ゴウ……ゴウ……道路灯やトリイや標識が頭上を風のように通過していく。
ガードレール越しにネオサイタマの夜景が見えた。草木も眠るウシミツ・アワー。
残業サラリマンのビル明かり。或いは極彩色の広告映像。明滅するピンクやオレンジやメロン・グリーンの看板。
美しいネオンと「カリフォルニア」というカタカナがトナカの目に焼き付いた。
「次のインタチェンジを降りるドスエ」「降りてやンよ!」トナカは笑った。イケる。サイオー・ホースしてやる!
……「アイエエエ!?」リアビューミラーに映った信じがたい光景が、トナカの確信と決意を一秒で折った。
それは、後続車両のルーフからルーフへ飛び移り、トナカのバイクを追ってくる鉄色装束のニンジャ……即ちデスソーサーの影であった。
片手を差し上げ、何か構えている。マンホールめいた鉄の円盤。
「ニンジャ!ニンジャナンデ!?」人間にあんな芸当が出来るはずが無い!これがニンジャ……何故ニンジャが……トナカは涙目になった。
だが今はとにかくバイクを走らせるしかない!走らせて、ピザを届け、特別報酬を……!「イヤーッ!」デスソーサーがトナカめがけ鉄円盤を投擲した。KRAAASH!
「グワーッ!」致命的鉄円盤が配達バイクに命中した。
トナカは破砕したバイクごとアスファルトをスピン、ガードレールを突き破って下の一般道に転落した!
「アバーッ!」天地逆転、サイバネティクスが火花を散らし、視界が真っ白に染まった。遅れて激しい痛みと恐怖が襲ってきた。「アイエエエ……」
「グガガ…獲った!」デスソーサーは叫び、回転ジャンプで車のルーフからガードレールに飛び移った。一般道を見下ろす。
黒煙を噴き上げる配達バイクの残骸と、震えながら這い出すパンクスを。「ここまでだ」デスソーサーはほくそ笑んだ。
「……オヌシの生命がな」ニンジャの後方、別の声が付け加えた。
「何!」デスソーサーは振り返った。反対側のガードレール上に、腕組みして直立するニンジャの影があった。
道路灯がその者の赤黒の装束を照らし、メンポに刻まれた「忍」「殺」の文字を明らかにした。
「……ドーモ。ニンジャスレイヤーです」赤黒のニンジャはデスソーサーにジゴクめいてアイサツした。
◆あらすじ:スケーターパンクス団「極端」の練習場へピザ宅配バイクが突入。直後ニンジャも出現しパンクスを次々に葬った!
機転を利かせ宅配バイクで逃走するトナカは、このデリバリーから何らかの特別報酬を得られる事に気づく。
追跡してくるニンジャ!そこへニンジャスレイヤーが現れ…◆
トナカは痛みを堪えて立った。頭上のハイウェイでニンジャ同士が争っている。
「今しかねえ……」中古のサイバネ膝と腰が軋む。まだやれる。目標地点まであと僅か。
バイク残骸からLEDタイマーを取り、ピザ箱を保温バッグで背負い、スケートボードで走り出す。ズゴゴー!ズゴゴー!車輪が唸り、加速!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーとデスソーサーの恐るべきカラテシャウトが後方で響く!
「追ってきてンのか?」だが振り返る暇は無し!デスソーサーの投じた鋼鉄円盤の流れ弾が、すぐ横をかすめて飛ぶ!
「ペケロッパ!?」不運なハッカー通行人に流れ弾が命中し熱々のピザに変わった!
「やべえ!」トマトソース飛沫を浴びたトナカはスケートをさらに加速させ、トリックジャンプで三連スモール鳥居を飛び越える危険なショートカット行為!着地!衝撃!ピザ箱が揺れる!「あぶねえ!」辛うじてバランスを維持!ピロロ、ピロロ!息つく間もなく、LEDデジタル時計がトナカの胸元で鳴る!
「チクショウ、あと5分だ!」ナムサン!制限時間内に宅配せねば、特別報酬チャンスは水泡に帰するであろう!
最短距離は目の前の公園の下り階段手すりを滑り、コケシ灯篭をジャンプ台にして、その先のマンション2階の窓へジャンプを決めることだ!何たる無謀なエクストリームスケーティング計画か!
「極端!」チーム名を叫ぶ。アドレナリンが湧き出す!ガガガガ!ボードが火花散らす!「ワオオーッ!」トナカは勢いよく踏み切った。
ネズミ花火めいた美しい回転軌跡を闇に閃かせ、スケートボード裏面の見返り美人が微笑む。
三回転エクストリームジャンプを決め、陰鬱な強化ショウジ窓を突き破った!
CRAAASH!暗い室内を転がる。満身創痍だがクラッシュには慣れている。ピザも無事だ!「宅配ドスエ?」不意に闇の中から無機質な声が発せられた。
見るとそこに、女性型ドロイドの姿。オイランドロイドだ。
「ア、アア」トナカは上半身を起こした。ゴールだ!「そう!ピザ宅配!特別報酬くれ!」
「ドーモドスエ」オイランドロイドはオジギし、無防備にタンスの引き出しを開け、残り少ないマネーを勘定した。
「障害を突破してきたんだ。弾んでくれよ」トナカは焦れったそうに室内を見渡した。そして気づいた。
「……コイツ、あんたの主人?」トナカは部屋の端にあるリクライニング椅子を指差した。
「ハイ」「でもさ、死んでンじゃん」椅子の上には、骸骨と化したハッカー。UNIXとLAN直結しているが、中身はカラッポだ。
壁には「ピザが好き」のショドー。それは深遠なる謎の答えを暗示する。
オイランドロイドは主人の死を理解できず、プログラム通り、彼のためにピザを注文し続けていたのだ。
「ドーゾドスエ」オイランドロイドは特別報酬込みのマネーを支払った。特別報酬は深夜チップの500円だけであった。
「アー、こんなモンかァ、こんなモンだよなァ」都市伝説は所詮、都市伝説。トナカは金をポケットに捩じ込んだ。
宅配帽を放り捨て、髪型を直す。「んじゃ、帰るわ」「ドーモドスエ」
「ン?」もはや走行不能なほど傷だらけのスケートボードを担いだトナカは、去り際にふと振り返り、骸骨ハッカーのUNIX画面を見た。
そこには『本当に実行しますか?』『ハイ/取り消す』の文字。
「コイツさ、何かやろうとして、途中でポックリ逝ッちまったの?」「その質問の意味がわかりません」
オイランドロイドのAIでは、高度な質疑応答は不可能だった。
「実行しちゃお」トナカは深く考えずにUNIXキーを叩いた。キャバァーン!電子ファンファーレがUNIXから鳴り響いた。
「ヤッタ!」オイランドロイドが突然、飛び跳ねた!「エッ何?」トナカは驚き、キーボードから手を離す。
スピーカーから陽気な電子音楽が漏れ、オイランドロイドはマイコ回路の条件分岐で踊りだした。
「ロンチパーティードスエ」「エ、パーティ?エ?」トナカは何が起こっているのか皆目解らなかった。
一方その頃、ビルの屋上ではニンジャの戦闘が最高潮に達する。
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの痛烈なカラテストレートが決まり、押されるデスソーサー!
「イヤーッ!」四連続バック転で距離を取り、最後に残った二枚の大型鋼鉄円盤を構えた!
「死ね!ニンジャスレイヤー=サン!死ね!イヤーッ!」デスソーサーは二枚の大型鋼鉄円盤を同時に投擲した。
アブナイ!通常のスリケンと異なり、鋼鉄円盤は摘んで逸らすことが不可能である。
デスソーサーはニンジャスレイヤーに対して回避を強い、その隙をカラテで突く二段構え!何たる狡猾な戦術か!
だがニンジャスレイヤーは両手の二本指を立て、鋼鉄円盤の中心回転軸を真下から突き上げた!
「イヤーッ!」ピザ生地めいて回転させ、即座に投げ返す!「何だと!?」相手が回避行動を取ると思っていたデスソーサーは、虚を突かれた!
「グワーッ!?」鋼鉄円盤がその両腕を根元から切断!ゴウランガ!
その時、大型街頭モニタにニュース速報が流れ、無償公開されたばかりの電子マイコリズムゲーム映像が映し出された。
「バカな!無償公開?」デスソーサーは両肩から血飛沫を吹き出し、歯ぎしりした。
それこそは隠遁した伝説的プログラマー、テンサイ=センセイの最新にして最後の作品に相違なかった。
ソウカイ・シンジケートは、この消息不明の天才プログラマーの名がハヤイ・ピザ社の顧客データベースに存在することを知り、宅配バイクを強襲すべくニンジャを放った。
ハヤイ・ピザ社の顧客情報は高度に暗号化されており、該当顧客への宅配時、宅配バイクの端末でしか住所情報をデコードできぬからだ。
所在不明の天才プログラマーを拉致し、新作ゲームプログラムごと暗黒メガコーポに売り飛ばすというソウカイ・シンジケートの企みは、今、失敗に終わった。
「どうやらオヌシのデリバリー制限時間は尽きたようだな、デスソーサー=サン。ハイクを詠むがいい」ニンジャスレイヤーは挑発的に手招きをする。
「グガガガガ……おのれ、ニンジャスレイヤー=サン、許せん!せめて貴様だけは、殺す!イヤーッ!」デスソーサーは猛然と突き進んだ。
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのカウンター・チョップ突きがその胸を貫き、鮮血が吹き出した。
「グワーッ!」デスソーサーは爆発四散を遂げる!「サヨナラ!」
あとには、ニンジャの陰謀を示すマキモノがひとつ。ニンジャスレイヤーは憎悪に満ちた眼差しでそれを掴み取り、ネオサイタマの闇へと消えた。
街頭巨大モニタではニュースが続き、ローポリゴン描画された見事な電子マイコが、シトシトと降る重金属酸性雨の間で、見返り美人めかして艶やかに振り返った。
トナカは訳も解らぬまま、オイランドロイドと一緒にビールを飲み、熱々のピザを頬張っていた。
「イェー!」サクサクのロースト胚芽クラスト。舌の上に肉汁と濃厚なチーズが溢れ、口の中に芳醇なフレーバーがもたらされる。
オイランドロイドは楽しげに踊り、大好きな主人の横にもピザを1ピース置いた。
【ピザ・カリフォルニア】終わり